答えがわからない時
ハリーのニュースレターより
◽️答えがわからない時◽️
あなたは答えのない質問を、いくつ持っていますか?
神は存在するのか?宇宙に正義はあるのか?私たちは死んだらどうなるのか?いずれ善が悪に勝利するのか?物理的宇宙よりもっと根本的な何かがあるのか?
これらの質問に対する、私の正直な答えを言いましょう。本当に、容赦なく正直になります、いいですか?この事実は、健全なこころであれば信じざるを得ませんが、「私にはわかりません。」
それが私がなれる限りの正直なところです。私にはわからないのです。
「わからない」は正直ですが、あまり満足感がありません。
わからないというのは、こころの枠組みとしては心地よいものではありません。あなたは本当にわかっていない人だと思われたいですか?(昔なじみのハリー、彼は何もわかっていない。)さて、私は「わからない」ばかりか、これらの質問の答えは他の誰にもわからないのではないかという疑いをつのらせています。
さて、私が信頼すると選ぶ答えはありますし、主観的に確信のある答えもありますが、それらの答えに皆が同意するわけではありません。
あなたの「わからない」の中に、私を含め多くの人が、その人たちの答えを入れようとすることに、あなたは気づくでしょう。それは彼らなりの親切なのかもしれません。あなたを「わからない」から救おうというのです。あるいは、あなたの同意を得ることで、自分を安心させているのかもしれません。あるいはもっと悪い場合は、あなたに特定のことを信じさせようという、隠された意図を持っているのかもしれません…
この「わからない」という状況は、人々に答えを憶測させたり、答えを想像させたり、他人の答えをうけいれさせたりするプレッシャーをかけます。究極的には、あなたに信念を創らせるためのプレッシャーをかけます。
正直なところ、人がわからずに推測していた単なる意見なのに、あなたが事実として同意してしまったものがどれぐらいありますか?もっと良い質問は:自分や他の誰かについて、正直にはわかっていなかった人の意見にすぎなかったものに、あなたが同意してしまったことはどれぐらいありますか?
そこで自分を騙すのをやめて目を覚まし、私たちは他人が答えとして推測したものを、信念としてたくさん持ち歩いていると認めましょう。…「確かなことはわかりませんが、私はこう信じています」と言った方が良いと思いませんか?
…「わからない」は、あなたの個人的現実の中に、創造するためのスペースを空けます。それは新たな信念を探検するためのチャンスです。「わからない」は、探検や冒険の動機となります。覚醒した星の文明®︎に生きるのは、どんな感じがするでしょう?
もしかするとそれは、わたしたちの信念は言い争うほどのものではないと認めることぐらいに、シンプルなことなのかもしれません。
ハリー・パルマー著
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